沖津健プロフィール

1968年、佐賀生まれ。

高校卒業後、東京のホテルに就職。4年勤めたのち、転職して大手電機メーカーへ。

40歳まで勤務するが、一念発起して地元佐賀のピッツァ店の店長に就任。

世界チャンピオン牧島昭成氏よりナポリピッツァを学び、2013年に【Pizzeria da Gino】の前身となる店をオープン。

2015年にナポリへわたり、本場で研鑽を積む。帰国後、2018年には世界で665番目、佐賀県で唯一となるVERA PIZZAの認定を受ける。

本場の味を地元に広めたいと、日夜奮闘している。

沖津健から貴方へ

順風満帆に行っているように見えますが、ここまで来るのに、実は死を意識するほどつらい体験をしました。

40歳までは、大手電機メーカーに勤めていた事で、天狗になっていました。

それこそ、ちょっとおしゃれなスーツを着て、おしゃれな靴を履いて…

きっと自分はうまくできる!

きっと自分は人とは違う!

そう思い、大手電機メーカーを退職しました。

ですが、世の中や社会が見ていた私というのは、

大手電機メーカーに勤めている沖津健でした。
そこに、

個人である沖津健を認めてくれる人は居ませんでした。

大手電機メーカーを辞めて、それから、独立開業するまでは、いろんな仕事をしました。

今で言えばブラックと言われる以上のブラックな会社に勤めたりもしました。

誰も私個人を評価してくれません。

大手電機メーカーという会社に守られていた事に、ようやく気付きます。

身体がいう事をきかなくなるようになるくらい、身も心もボロボロになりながら…

そして、あるときに、私はこう思います。

もうこんな事ならば、死んでしまおうか…

人が絶望を目前にしたときに死を感じるというのは、本当なのでは無いかと思います。

当時の私は、時間も、お金も、自由も無い状態でした。

毎日ぼーっとしながら、とりあえず仕事をする毎日。

帰宅した後も、頭の中で死ぬという思いがグルグル回ります。

ですが、気持ちの変化が一気に私の中で起こりました。

それは、

死のうと思う気持ちがピークに達したときに、

今この瞬間私は死んだ。

もう死んだんだ。

そして、こう思いました。

まだ、未来はある。

ならば、死ぬ気で何かをやり遂げてやる。

そう思って、いろんな伝手を手あたり次第に連絡し、様々な人達の協力や優しい想いに守られていきます。

初めて自分が本当に生きているんだと思った瞬間かもしれません。

それから、このお店に繋がるピザ屋としての仕事に就く事ができました。

決して楽ではありませんでした。

ですが、今生きている想いを、全てピザを焼く事に全力でぶつける事で、お客様も少しづつ増えていきました。

今でこそ、ミシュランガイドにも掲載されるというように、キラキラした姿み見えるかもしれません。

ですが、その根底には、私をここまで育ててくださった、友人知人の皆様。

お店へ食べに来てくれたお客様。

そして、関わっていただいた方全ての方が居なければ、このミシュランガイドに掲載されるという事は無かったと思います。

今私に課せられているのは、たくさんの優しい気持ちに助けられたことを、本場イタリアンのシェフとして、今後も修行をし続け、訪れていただけるお客様が笑顔になっていただく事です。

今このページを読まれている貴方にご来店いただける事を強く願います。

沖津 健